松山地方裁判所 昭和38年(行モ)3号 決定 1964年8月15日
申請人 福田春吉
被申請人 松前町長
主文
(一) 被申請人が、申請人に対し昭和三八年五月一四日付でした分限免職処分及び同年六月一〇日付でした懲戒免職処分の効力は、当庁同年(行)第九号罷免処分取消請求事件の判決が確定するまで、これを停止する。
(二) 申請費用は、被申請人の負担とする。
事実
(申請の趣旨)
主文第一項と同旨の裁判を求める。
(申請の理由)
一、申請人は、昭和三一年五月松前町に傭人として任用され、引続き同町役場授産場に勤務している者である。
二、被申請人は、町職員に対し任免の権限を有する者であるが、昭和三八年五月一四日申請人を分限免職処分に付し、さらに、同年六月一〇日次の理由で申請人を懲戒免職処分に付した。
(イ) 昭和三七年五月七日建設省三津工作所において古鉄類の払下入札が行われた際、白井組の名目で参加し、談合金六千円を受領した。
(ロ) 勤務時間中職場を放棄したことは職務怠慢であり、昭和三八年四月の松前町長選挙においても、勤務時間中職場を放棄して特定候補者の選挙運動をした。
三、しかしながら、申請人には分限理由も右(イ)(ロ)の事実もない。本件各免職処分の実質は、現松前町長である兵頭康雄が、昭和三八年四月に施行された町長選挙に際し、同人のため選挙運動をしたり後援したりする町民は当選の暁職員に採用するという約束をした結果、同人が当選するや、右町民らから職員に採用すべきことを迫られたため、前町長派と目される職員を、本人の意向を何ら聴取することなしに、行事的に馘首することに取決め、申請人ほか二〇数名をその爼上にのせたものである。かかる個人的恣意的感情に基づいて敢行された本件各免職処分が違法なることは明白であり、取消を免れない。
また、仮に申請人に被申請人主張のような処分理由の事実があつたとしても、被申請人の有する分限及び懲戒の権限は無制限に許されるものではなく、一定の客観的基準に照らして決定されるべきものであり、右事実をもつて直ちに免職処分に付したことは裁量権の範囲を逸脱した違法がある。
四、申請人は、昭和三八年六月一二日松山地方裁判所に本件各免職処分取消の訴を提起した(同庁同年(行)第九号事件)。なお、当時松前町の公平委員会は、委員欠員のため事実上運営されていなかつた。
五、申請人は、左手切断により通常の労働能力を欠いている者であり、妻子をかかえ、従来松前町より支給される月金一五、〇〇〇円の収入でようやく生活を維持していたが、本件各免職処分により右収入を断たれ、一家の生存権すら脅かされる緊急事態に追込まれている。
六、よつて回復困難な損害を避けるため、本件各免職処分の執行停止を求める。
(答弁)
一、申請理由第一、二項及び第四項を認める。
同第三項及び第五項は争う。
二、申請人には申請理由第二項掲記の処分理由(イ)(ロ)の事実があり、被申請人は、右処分理由に基づいて本件分限免職及び懲戒免職処分に付したのであるが、右(イ)は地方公務員法第二九条に該当し、また、右(ロ)は同法第三六条に違反するものであり、かかる人物を罷免することは、任命権者に課せられた責務であつて、本件各免職処分には何ら違法はない。
(疏明関係)<省略>
理由
申請人が松前町の職員として勤務していたところ、被申請人から、昭和三八年五月一四日分限免職処分を、さらに、同年六月一〇日懲戒免職処分を受けたこと、当時松前町の公平委員会が委員欠員で事実上運営されていなかつたため、申請人は直ちに右各免職処分取消の訴を当庁に提起したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。
そして、申請人本人の供述及びこれにより成立を認めうる甲第五号証によると、申請人は、左手切断の身体障害者で、格別の資産なく、従来松前町から支給される手当とも月金一五、六〇〇円の収入で、妻と高校在学中の長男との生活を維持していたが、本件各免職処分のため右収入の途を断たれ、現在生活に窮乏していることが認められ、かかる状態にある申請人にこのまま本案訴訟の確定を待たせることは苛酷であるから、本件各免職処分による申請人の損害は社会通念上回復困難なものと見るのが相当であり、従つて右処分の効力を停止する緊急の必要性がある。
被申請人は、申請人に分限及び懲戒理由があり、本件各免職処分が適法である旨主張するので、この点につき検討すると、
(一) 談合金について
証人中島正騰の証言及び申請人本人の供述によると、申請人は昭和三七年五月七日の勤務時間中に上司の許可をえることなしに知人の中島正騰から依頼されて、建設省三津工作所の古鉄類の払下入札に参加する同人のため同行し、金六千円をもらつている事実が認められる。被申請人は、右金銭を談合金であると主張し、証人中島強はその趣旨の供述をしているが、いかなる意味で談合金であるのか明瞭でないし、証人中島正騰の証言とも対照して、証人中島強の右供述は直ちに信用しがたい。
また、公務員が勤務時間中無断で外出し、私用によつて対価をえているごときは、もとより全体の奉仕者たるにふさわしくない非行であるが、ある特定の非行が分限及び懲戒たる免職処分に相当するかどうかについては、任命権者は、その非行の事情を客観的資料に基づいて確定したうえ、一定の客観的基準に従つて公正慎重に判断すべきものである。しかるに、被申請人の疏明によつては、申請人の免職事由とされる非行内容自体が必ずしも明らかでないし、証人灘野肇の証言から認められる、申請人が前記認定のような行動に出たことについて、すでにその当時上司である総務課長から訓戒されている事実をも考えあわせると、一年前の非行を取上げてした本件各免職処分が、果して任命権者の裁量権の範囲を逸脱していないかどうか、断定しがたいものがある。
(二) 選挙運動について
証人三好種則、同木村敬、同磯貝喜久男、同高市貫二、同中島保義は、昭和三八年四月に施行された松前町長選挙に際し、申請人が鶴田候補のため選挙運動をした趣旨の供述をしている。しかし、右各証人の供述の多くは主観的抽象的であつて、信頼度が高いとはいえず、本件の全疏明によつても、申請人が具体的にどんな選挙運動をしたものか確認しがたい。また、前段認定の事実を除けば、申請人が職場放棄をしたことの疏明も存しない。
(三) 申請人の主張について
成立に争いのない甲第一号証から第四号証、前記灘野、高市、中島保義各証人、同宮内一明の各証言及び申請人本人の供述を綜合すると、前記町長選挙において、現町長の兵頭康雄が前町長の鶴田候補を破つて当選したのであるが、兵頭町長は、就任早々管理職の全員を含む町職員五、六〇名に対して退職を勧告し、応じない者に対しては免職処分に付し、その後短期間のうちに一〇〇名余の者(現職員数の半ばに達する。)を新規に職員として選考任用していること、本件分限免職処分について、当初その処分理由が明らかにされず、申請人がその開示を請求しても何等の回答がなく、被申請人は本件弁論においてはじめて右処分理由が本件懲戒免職処分の理由と同一である旨明示したことが認められる。これらの事実から推測すると、本件各免職処分は、申請人主張のように、兵頭町長のいわゆる選挙人事のために恣意的になされた疑いがないとはいえない。
以上のとおりであるから、結局、本件各免職処分には取消事由が認めがいとは到底いえないし、他に本案訴訟につき申請人勝訴の見込がないことの疏明は存しない。
なお、本件執行停止が公共の福祉に重大な影響を及ぼす事情については、被申請人の主張立証がない。
よつて、申請人の本件申請は理由があるから認容し、主文のとおり決定する。
(裁判官 橋本攻 吉川清 山口茂一)